大好きな赤レンガの駅舎。でも、この形では近々見納めになってしまう。
もともと東京駅が大正時代に建造された際には、写真の駅舎屋根は三角形ではなく、イスラム寺院やシナゴークのようなドーム状をなしていた。それが戦時中に空襲で失われ、急遽仮設で建て替えたのが、今のこの姿なんだとか。
確か来年から原型への復元工事が始まるはずだ。元の形へと戻るのは基本的にいいことなんだろうけど、慣れ親しんだこの三角屋根が消えるのは、ちょっと惜しいかなという気もする。
「
そもそも汽車の中ではどんなことでも起り得る。豪華な食事、酒宴、カードを手に一と勝負やりませんかと入って来る人もいようし、密かなラブ・アフェアも始まるかもしれない。安らかに眠れる夜もあろうが、見知らぬ客がロシアの短編小説に出て来そうな長い長い独り言を呟くのを聞く夜もあるだろう。ロンドンのヴィクトリア・ステーションから東京駅まで、ありとあらゆる汽車ポッポに私は乗ってみるつもりであった」
――ポール・セルー『鉄道大バザール』(阿川弘之訳)より
高校時代に読んだこの旅行記にそそのかされるかのように、十数年後、20代の最後にさしかかっていた私は、東京駅発の夜行列車に乗って、ユーラシアを西に向かう旅に出た。セルー(セロー)がアジアの終着駅と見なした赤レンガの駅舎から、逆に自分は異世界への旅へと乗り出してやるのだ――と。
出発当日の夕刻、駅前広場でこの駅舎をしげしげ眺めた日のことは今でも忘れない。はたして無事に帰ってきて、再びこの赤レンガにあいまみえる日が来るのだろうかと真面目に思ったあの日――から既に12年。

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