先月まで足掛け2〜3ヶ月にわたって編集作業に追われた「記念誌」がついに完成。
非売品であるため、本ブログをご覧のみなさんの大半には閲覧いただけないのが残念。ただ医療関係のライブラリーなどには入るんじゃないかと思われるので、見かけた時にはよろしくお願い申し上げます。飯田さんも珍しく「破顔一笑!」という感じの顔写真を載っけてるし。
それにしても飯田さんが、巻頭言の末尾(私がインタビューした)で語っていた「『福祉』とは『戦争』の対極にあるものだ」という言葉には、思わず深く考え込んでしまう。
「国が人々に対して、国家のために命を投げうつことを要求するのが戦争であるならば、福祉とはまさにその逆で、国や社会がそこに暮らす人々が長く幸せに生きていけるようにする行いだと信じるからだ」
なるほどなあ……と思うんだけど、その発言の主がかつてニューギニアの悲惨な戦場で死にかけた挙げ句にスガモプリズンに戦犯として服役を余儀なくされ、出所後に社会生活へと復帰してまもなく、お子さんがサリドマイド禍に見舞われたことから、巻き込まれるように医療の世界へ……という84歳の男性の言葉だと聞けば、誰しも上の台詞の背後にある含蓄を感じずにいられないだろう。
で、上はこの2〜3ヶ月ほど通い詰めた横浜市西神奈川の「小児療育相談センター」。上記両法人の本部機能を担いつつ、地道に小児医療に取り組んでいる。
横浜市内の東横線は最近地下化されたが、上のビルは渋谷からの電車が東白楽駅を通過してほどなく、電車が地下のトンネルに入る直前、進行方向左手の車窓にちらりと見える。記念誌の仕事は終わったけど、たぶん私はもうしばらく、この建物に出入りすることになりそうだ。

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