吉田東伍による「貞観地震」に関する論文:明治39年12月発表  
2011年東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)関連 特別掲載

【資料紹介】
吉田東伍による 『貞観地震』(貞観津波) に関する先駆的論考
(明治39年(1906年)12月発表)

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  じょうがん      むつふじょうのしんどうこういつ
▲『貞観十一年 陸奥府城の震動洪溢』を掲載した雑誌「歴史地理」8巻12号の表紙と本文
(阿賀野市立吉田東伍記念博物館 所蔵:寄託資料)
 

 2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が、869年(貞観11年)5月26日に発生した「貞観地震」(大津波)に発生域・規模・被災状況等々、その様態が酷似していると指摘されています。
 
 歴史地理学者吉田東伍(1864-1918)は日ごろより災害史、開発史に関して特別の関心を抱いていましたが、この「貞観地震」(貞観津波)に関する研究論文を1906年(明治39年)12月に雑誌『歴史地理』で発表しています。

 今日「貞観地震」「貞観津波」の研究は広範・学際的にすすめられ、精緻なものになっています。発表からすでに一世紀以上経過した吉田東伍の論文は時代性という限界を持ってはいますが、今なお酌むべき着眼点が随所に見られ有用な論考です。また「貞観地震」を歴史地理学的に解析したもっとも早い論考として、史学史上記憶されるべき著述です。


 (吉田東伍記念博物館研究概報T PDF版)
     

「歴史地理」第8巻第12号(1906年12月1日発行)

吉田東伍 著
『貞観十一年 陸奥府城の震動洪溢』
         じょうがんじゅういちねん むつふじょうのしんどうこういつ

     こちらをクリックしてご覧ください→ 【略解題】


     こちらをクリックしてご覧ください→ 【本 文】


         
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          ▲多賀城跡から見た仙台平野

吉田東伍は1906年発表の論文の中で、貞観地震の際、津波が湊浜から八幡川(現在の砂押川)を逆流して多賀城の下まで到達したのだろうと推定しています。また、同地にある『末の松山』を貞観津波の波が越えなかった事で、不変の象徴としての歌枕が成立し歌い継がれている旨を述べています。

【参考】≫ 学習シート@ (メモ) 吉田東伍による貞観地震研究




吉田東伍は出羽国地震(嘉祥3年)にも言及

【参考】≫ 学習シートA-1 (友の会通信記事) 古代東北の歴史地震に関心を寄せていた吉田東伍…「出羽国府遷廃考」では日本海側で発生した嘉祥3年(850年)の出羽国地震を分析


【参考】≫ 学習シートA-2 上記の「古代東北の歴史地震に関心を寄せていた吉田東伍」で紹介した論文『出羽国府遷廃考』の全文(『歴史地理』10巻3号所収 明治40年9月10日発行) 貞観地震・津波論文「貞観十一年 陸奥府城宇の震動洪溢」発表の翌年に発表された論文






吉田東伍による貞観地震・貞観津波に関する論文『貞観十一年 陸奥府城の震動洪溢』の全文を載せた小冊子(吉田東伍記念博物館研究概報T:B5版無線とじ 本文16ぺージ 1色刷)を希望者に頒布(1部代金300円/送料別途)しています。

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電話 0250(68)1200
FAX 0250(68)5016

Eメール: y.togo@oregano.ocn.ne.jp



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