2009/9/24

実行までの賞味期限  日常

何かを始めるにあたって、いろんな人に情報提供を呼びかけたとします。
そしていろいろと教えてもらったとします。
さて、それを自分自身で実行するのにどれくらいの時間をかけますか?

私はフットワークが軽いらしく、体力と時間があればなんだかんだと動きまわっているのだけど、中にはまったく「動かない」人もいるのだということに気づいたのだった。

私は踊れる場所と機会があればぜひお声かけくださいね と周りの方々にお願いをしている。ありがたくも「こんな機会がありますけどどうですか?」とぽつぽつとでもお声をかけていただけるようになった。今年はそんなご縁が連なっていろんなステージに出演させていただいている。(感謝)

しかし、ここで「また今度」と言ってしまったらおそらく声がかかる回数もフェイド・アウトするだろうな。。と思うのである。なによりチャンスを活かす能力がないような気さえしてもったいない。
いろんな事情でお断りをしないといけない場合もあるのだが、自分にとってはデメリットとなることが多いし、また声をかけてくださった方をも失望させてしまうことにつながると思う。失望は信頼と信用に深くかかわってくるから気をつけないといけないと 最近、本当に思う出来事が続いている。

『私、こんなのがやりたいの』

やりたいことの意思表示。まずはそこからすべては始まるものだけれど、それを言葉として放った責任というのはやはり年齢とともに気をつけないといけないと思うのだ。

ヨガ、芸術活動、ボランティア活動、メイクやその他の習い事。。
言うだけ言って一つも始めようとしない人の姿を見て学ぶことがあった。そう、情報提供した人を間違いなく失望させるのだ。

もう耳にして3年近くになろうとしているが何一つ新しいことは始まっていない様子。
それでも「○○に興味がある」と言い続けているのに対し偶然そのことに詳しい人を知っていた私は 「もしなんなら紹介するよ、詳しい人を知ってるから」と情報提供をしたのだが返ってきた答えはやはり
「ありがとう、またそのうちに」 

そして思うのである。
「またやらないんだろうな」と。

だからもう情報提供はやめている。きっと実際に行動に出るのが目的でなく、ただ単に言葉にするのが趣味なのだろうと思う。

人に依頼をしておいて、それを実行に移すまでには確実に賞味期限がある。自分のモチベーション等もそうだがやはり何をするにも周りのバックアップが必要ならなおさら
実行までの賞味期限を大切にしないといけないと思った。結果がでなくても その情報をもとに動く人なのだという期待に対するお返しの行為が人としての信用と信頼を築くから。

地味ながらもこつこつと始めていれば今頃は、彼女もヨガで少しは健康になっていただろうし、芸術活動においてもたくさんの作品が完成し、腕も磨かれていたに違いない。

もったいない話だが、仕方ない。本人が動かないから。。ね。

言動と行動は比例させておくことも人間としての魅力なのだと勉強させてもらった出来事であり『もったいない』をなくしたいなあと切実に思うのであった。

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