2011/9/20

舞台人の宿命  舞台

舞台とは。。を考えていたら 瀬戸 將彦さん(ピアニスト)のサイトを見つけました。

以下、引用です。

「舞台に立つ人間には色んな意味で覚悟が必要です。
大切な人の死に目に会えないのもそのうちの一つだとは思いますが、自分の演奏を聴きに来て下さるお客様には普通に接する覚悟、何が有ろうとも自分で決めた(受けた)舞台には穴を空けない事。どれをとっても非常に大変な事です。

風邪をひいて今にも倒れそうであろうが、何があっても舞台人はお客様に楽しんで頂く為、自分の姿を見て頂く為、「頑張らなくては」いけないんです。
誰か代わりが出来るならそこまでしなくても良いのではないか?と言う意見も散見します。
だけど、お客様は僕の演奏を楽しみにしてくれている、僕のコンサートの空気を楽しみに来て下さる事を考えれば、絶対にドタキャンなどという行為は「論外」です。
だから例え「瀕死の重傷」でも僕は舞台に立っていたい。
舞台で演奏している「自分」が好きなんです。
だから、「誰か代わりが出来るならそこまでしなくても良いのではないか?」等と簡単に口にする人は舞台に立つ資格は無いと思います。

自分を「どこまで追い詰める事が出来るか」は「どれだけ「覚悟」が出来て居るのか」と同義だと思います。
「覚悟」や「努力」が出来るからこそ、舞台の上では自分が求める最高の自分を演出(時にナルシストやエゴイスト)して良いのだとも思います。

本当は覚悟も努力もは誰にでも出来る事です、大人としては当たり前の事なのですから。
でも最近はそれが出来る大人が少なくなりました…。」


舞踊を続けて一人でステップを踏み続けていると、実感するところが多々あります。
私も初舞台は体調を崩していて、点滴で持たせながら、熱が出て倒れそうになるのを気力のみでステップふみました。
そして。。。やっぱり無責任な人が増えたなあ。。と感じることもあります。それこそ引き受けたなら、今、自分ができるすべてをぶつけて形にし、舞台に立つのが舞台人としてのマナーだと思います。いいとか悪いとかは見ていただく方が決めることであって、自分が決めることではありません。
だって才能なんてものは、努力のあとについてくるものですから。

できないことはたくさんあります。それでいいのです、人間ですものね。
できないことはできないのですから、素直にできませんと心から伝えるのがマナーです。
でも、まちがっても
「才能がないからできません、(舞台を)辞退させていただきます」
なんて、「才能」なんて言葉を使って自分を正当化だけはしたくないと最近、強く強く思いました。

だって。。。
そんなの、言い訳ですもの、言い訳は百害あって一理なし、自分の品位を落とし、己の「芸」を腐らせるだけ。

だから才能なんてなくてよかった♪ そんな言い訳しなくてすむし♪(笑)

「才能はないですが、一生懸命、努力しています。だから舞台を見に来てください」

いつもこう言える(お願いできる)自分自身でありたいと思います。
 

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