※以下の基礎技術は、会の活動の中で蓄積された技術の伝承であり、会員向けにまとめたものです。
教育コラム 基礎技術 懸垂下降
沢登りの途中、高巻きから沢に戻る場合や小川山や藤内壁などゲレンデでの岩登りでも、懸垂下降の技術は、岩登りの基本です。マルチピッチのルートを登った後、終了点から懸垂下降で取り付きまで戻る場合も多く、連続して何ピッチも下降します。
一連の岩登りの中で最も無防備な瞬間で危険な瞬間が懸垂下降です。いかに危険を回避し安全な懸垂下降をマスターするか、要点を整理し再確認しましょう。
台高 野江股谷 立木を支点に懸垂で沢におりる。
■懸垂支点
支点の作り方は、確保支点(#02確保技術の項参照)とだいたい同じですが、山での連続する懸垂下降などの場合、支点を回収できないため、残置支点・残置スリングを使用する場合がほとんどです。
懸垂ポイントの残置スリングなどにロープを通す場合、スリングと支点の状態、全体の構成をよく観察し、確実に安全であることを何度も確認する必要があります。懸垂用リングやカラビナについても同様です。
「これが切れたら終わり」「これが抜けたら終わり」危機感をもって確認します。必要な場合は、自分のスリングで補強したり、カラビナを支点に残置します。
古いボロボロのスイングが何重にも掛かっていてボルトの穴がいっぱいの場合は、ナイフを使ってきれいに取り除く必要があります。そのためナイフはいつも身につけておきましょう。
しっかりと根を張った立木があれば、ロープを直接回して支点とすることもあります。その場合も荷重がかかった場合いどうなるか、ロープを引いたらどうなるかをよく想像したうえで設置することが必要です。
■2本のロープを結ぶ
50mロープの場合、25mの懸垂なら1本のロープで懸垂できるますが、それ以上なら2本のロープを結び懸垂する必要があります。ロープを連結する作業もシンプルですばやくできることが、マルチピッチのクライミングでは安全につながります。
数年前までは、末端をそろえて八の字結び(フィギアエイトノット)が基本でしたが、開き方向の強度が弱い(股裂き状態で強い荷重がかかると結びめが反転し繰り返されるとほどけてしまう)ことが分かり、最近推奨されているのは、ひとえ結び(オーバーハンドノット)です。信頼できるペツルのカタログでも基本とされています。
見た目に簡単すぎて心配ですが、結び目が反転する荷重がエイト結びに比べ大きいため危険性が少ないということです。長年エイト結びで懸垂して問題は感じたことはありませんが、二つの結びを緩めに結び、開き方向に引っ張る検証をすれば納得できます。
どちらの結びも、重要なのはしっかりと結ぶことと、結び目から30センチ以上ロープの余分をとることです。
解ける心配がない結びといえば、ダブルフィッシャーマンですが、八の字結びやひとえ結びと比較すると、結びにひと手間かかり、解きにくく岩に引っ掛かりやすいなどデメリットが多いです。太さの異なるロープを連結する場合は、ダブルフィッシャーマンが良いです。
ペツルのカタログより
極めてシンプルなひとえ結び(オーバーハンドノット)
■ロープの末端処理
下降点から地面の様子が良く見えている場合以外は、懸垂ロープの末端にはすっぽ抜け防止の結び目を作ります。この場合の結びもひとえ結び(オーバーハンドノット)。やはりしっかりと固く結び、結びめからのロープの余分(1mほど)をしっかりとります。
■バックアップ
未知の場所、落石の危険のある場所、少しでもリスクのある条件下では、最初に懸垂下降する人は、確保器より下側にオートブロック(マッシャー)などでバックアップを取ります(やり方がわからない人は自分でよく調べて納得しておくこと)。重い荷物などを持って下降する場合もコントロールが効かなくなる心配があるので、バックアップが必要です。バックアップを設けた懸垂下降システムは、確保器の位置、オートブロックの効き具合、スリングの長さなど微調整が必要なことが多く、日頃から良く練習しておく必要があります。
■懸垂下降の流れと注意点
【1本のロープの場合】
ルートの終了点と下降支点は必ずしも一緒ではありません。ロープをほどき下降支点まで歩く場合もあります。下降支点ではどんなに安定した場所であっても、まずは必ずセルフビレーを取ることが重要です。すべての作業はそれからです。
ロープを支点に通したら、ちょうど半分の位置(マーキング必要)を支点に合わせ、末端は1m程度余らせてすっぽぬけ防止の結びを作ります。末端がわから振り分けを行います。ロープの半分程度を首に振り分けたら、もう半分は手で振り分けます。ロープを投げる際は、必ず下に向かって「ロープダウン」とコールします。ロープが絡むと無駄に時間がかかってしまいます。手に振り分けた支点側のロープから下ろし、続いて末端を除くその他のロープを下ろし、最後に末端側のロープを下ろすと絡まりません。強風であったり藪が多い場合は、下側半分を手にもって下降を開始するなど対策をとります。
ロープを落としてしまうことは致命的です。「ロープダウン」とコールして投げる前に、再度支点を通してあるかの確認をメンバー全員が意識し、ロープを落とさないため、支点以外のバックアップを取るぐらいの慎重さがあって良いところです。この時点で、誰が最初に下降するか決まっていて、それに応じた立ち位置であることもスピードにつながります。(練習が目的でない以上、最も経験のあるリーダーが最初に下降することが全体の安全につながります。)
ロープが利き手側に来るような位置で確保器に通します。確保器を絶対に落とさない通し方でスムーズにセットし環付きビナの環付きを回します。
セルフビレイを外す前に、一度懸垂のロープにしっかり体重をかけ、システムに問題がないことを確認します。利き手で確保器の下のロープをしっかりと持ち、ロープに体重をかけた状態でセルフビレーを外します。下降は静かにスムーズに。一度預けた体重は途中のテラスなどでも決して抜かず、終始一定の荷重が支点に掛かるようにすることが重要です。懸垂途中でロープを伸び縮みさせることは、クラックへのくいこみや落石の誘発のほか、結び目や支点への負荷など様々なリスクを高めます。
懸垂下降中は、手の保護(ロープとの摩擦、確保器の発熱など)、制動力の確保から手袋を着用します。手袋がハーネスの定位置にラッキングされていること、着脱がスムーズにできることも、全体のスピード(安全)につながります。
懸垂を開始する前に、岩の形状や支点との位置関係から、どちら側からロープを引けば回収しやすいかをよく考え、ロープの抵抗となるクラックやフレークがないかをよく観察し、下降ラインを決め、後続にも指示します。
原則として上側のロープを手で握らないこと。上側を握っていると、とっさの時肝心な下側の手を放してしまうことが起こりうるため。
ロープがテラスに乗っていたり、途中の岩角・木などにひっかかっていた場合、必ずその地点を通過する前に、上から引っかかりを直すこと(通過した後では簡単には戻れないから)。次の支点に到着したら、まずはセルフビレイ。
ロープから完全にテンションを抜いて、確保器から完全にロープを外し、ロープが動くかどうか1mほど(状況によってはもっと)引いてから。「完了!」のコール。
後続者は、ロープの動きを確認し問題があれば下降ラインを修正するなど細心の注意をはらう。ロープを真ん中に戻してから確保器をセットする。降りる際のコールは不要。
全員が下降し支点に集結したら、末端の結びをほどき、ロープを引く。次の下降のための準備にかかる人とロープを引く人。全員が次に何をすべきかを考え動き、ロープの動きや落石に集中する。ロープが支点を離れ落ちてくる瞬間もロープの動きから目を離さない。
苦労して見つけました懸垂下降の写真!小川山ですね。
【2本のロープの場合】
2本のロープをつなぐことで、いっぺんに50m(ロープの長さ)の距離を下降することが出来ますが、様々なリスクも高まります。ロープの重さ長さのため、摩擦は大きくなり引きにくくなります。結び目が引っ掛かり、落石を誘発します。そのため、ピッチを短く切れる場合は、一本のロープで繰り返し懸垂をした方が良い場合もあります。2本つないで長い懸垂をする際は、より慎重に観察し、想像し考え、危険を回避しなければなりません。
ロープをセットする際、結び目の位置とどちら側のロープを引くかについては、メンバー全員がしっかり把握しておく必要があります。岩に対して手前のロープを引けば岩側のロープを押え込み、ロープがまったく動かなくなることがあります。原則として、結び目は岩側で岩側のロープを引くようにします。岩側のロープの色が赤なら「赤引き!赤引き!」と口に出してみんなで共有します。ロープが抜けなくて「登り返し!」なんてのは、絶対に避けたいので、結び目が見えるまでは、いつも祈りながらロープを引いています。
連続する懸垂の流れ ペツルカタログより
■懸垂下降の事故事例
・準備中の転落
・支点の崩壊
・支点を間違える
・2本のロープが正しく結束されておらずに抜け落ち
・ロープの長さが不足によるすっぽ抜け
・衣類やタオル、髪の毛などを巻き込んだ
・支点に掛けたセルフビレイのカラビナに懸垂下降用のロープを通してしまった
・カラビナのゲートオープン
・下降器を落とす