「岩登りの基本 #番外編 アルパインクライマーへの道」
その他
※今回のコラムは、毎月発行の東海山岳会ニュース6月号に掲載されましたものです。タロー先輩が会の若手に向けて書いています。
教育コラム 体力 クライミング技術 学習と想像力
アルパインクライマーへの道
今年はコロナの影響で、夏合宿の開催も厳しくなってしまった。そこで今回は新人だけでなく、本チャンの経験が浅いながらも今後も成長してゆきたいという会員のために、山ヤとして必須な点を三点ほどに絞り、あくまで個人的な経験から私論を展開したい。
クライマーとしての体力
山岳地域という危険なエリアで活動する以上、当然ながら基礎体力は骨子となる。但し、山ヤは重荷を背負い、長時間行動を持続できることが目的だ。個人的には日常的なジョギングはあまり意味をなさず、体力は山で培われると思う。これは心肺機能の向上だけでなく、足腰の強化にも繋がる。本チャンへのアプローチはほとんど足場が悪く、また冬山ではラッセルや不安定な雪中での歩容が要求されるため、強靱な体力と長時間の行動に耐えうる強い足腰を養わねばならない。あくまで個人的な経験からだが、体力向上のためには週一のスパンで、(向上を感じるようになったら、少しずつ不可を増やす)丸一日山道を歩き倒し、その他の日は回復に努めた方が良いかと思う。
クライミング技術
とにかく、先輩や経験ある仲間と足繁くゲレンデに通うこと。様々なロープワーク、中間支点の設置や回収技術、懸垂下降などマルチピッチ可能な岩場で学べることはどんどん吸収し、身体に染み込ませてゆく。但し、指導されたことを諾々と鵜呑みにしてはならない。クライミングは己の身体と知性を有意義に扱えねば、危険度が増す。扱っているギア及びその登攀システムは先人たちが、「どうすればリスクの高い活動の中で安全を守り、スムーズな登攀を可能とするか」という課題に対して智慧を絞り開発、進化させてきたものである。どのような形で安全が担保されているのか。その仕組みを原理的にきちんと把握、意識することは自身だけでなくパートナーに対しての信頼を築き、命を預け合うという意識の責務ともなる。実際、システムへのきちんとした理解、想像力が培われていれば、壁の中で予想外の状況に陥った時も適切な対処=安全性が高まるだろう。
言い換えれば、登攀中に(気象条件、岩場の条件、自身が実行しているクライミングスタイルなど)取り巻く状況を把握しつつ、絶えず次の行動を予測、決断する力がなければ、決して一人前のクライマーにはなれないのだ。
日常的な学習、イメージトレーニング
初めてのルートに挑むとなれば、だれしも緊張するだろう。例えベテランであっても自身の実力を試される登山となれば同じこと。当然、綿密な資料収集や研究は必須となる。今や余程マニアックなルートでもなければ、大半の情報は書籍やネットで手に入るが、単に知識として確認しておくだけでは不足だ。歩行が中心の山行なら国土地理院の地図をコピーし、鉛筆で予定ルートを書き込み、高低差や尾根の地形をイメージする。壁ならばラインや各ピッチの特徴をイメージ図として暗記するなど、それこそ想像力を駆使した手法を色々と試してみて欲しい(これは自身の実力に見合うのであれば、敢えて情報をシャットアウトして、挑むというのもひとつの試みである)。
また単に目標ルートの情報収集だけではなく、書籍でもネットでもあらゆる山行の経験談を目に通しておくことも大切だ。目的外の山でなくとも、より多くの情報に触れておくことで、安全意識や現地での判断が高まることもあるからだ。
以上、私的な見解でまとめた。本来ならばガツガツ登りこんで欲しいところだが、なかなか山に行けないのが現状となれば前向きに考え、余った時間を有名なクライマーの自伝やエッセーなどを読込み、モチベーションを維持するというのもひとつの手だ。私たちがクライミングを愉しめるのも、偉大な先人たちの山への愛とその偉業の上に成り立っている。山ヤとして先人たちの足跡を辿ることは、山への意欲を上げるだけでなく、山という世界が「普遍的な自由」であることを認知させてくれるのだから。
ちょっと哲学的になってしまったが、その勢いに乗じて最後に記そう。アルパインクライミングの魅力とは何か? 自己実現であろうし、非日常的への渇望と体感でもあろうし、特異な意識共有の喜びでもあろう。だが、これらを要約すれば次の言葉で可能だ。
「人間は制約下で生きるしかない社会的動物である。だが、同時に制約から逃れたいとも望む個人的な動物でもある。クライミングの世界とは、そんな手前勝手な隙間を埋めてくれる数少ない聖域である」 (文責:大関)