2006/10/29

映像のように  毎日父さん

 妻がたまたま街角に佇んでいる私を見かけ、「影がうすい感じがした。でも、子供を見ている目は聖人のようだった」といいました。

 聖人とは身びいきの感じがしますが、「影がうすい」とは「存在感がない」ということの比喩ではなく、今の私は、文字通り影がうすく、まるで映像のフェイドアウトのように、うすい存在に見えるのかもしれません。
  
 影がうすいからといって、生命力がうすくなったのではなく、きれいな映像のように、風景に溶け込み、自然な存在になったと思いたいですね。
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2006/11/2  0:34

投稿者:真っ黒クロ助

毎日妻さんの焦っている様子が微笑ましいです。
これからも仲むつまじく、お幸せに。

2006/10/29  21:06

投稿者:毎日妻さん

開けてビックリ!焦って訂正です。語彙の貧しさです。仕事を終えた帰り道、バス停に父さんが立っていました。私はその行列の後ろに並びました。列の横を小さな子供2人がキャッキャと走り回っていました。みんな前を見てるのに父さんだけが、身体を横にして子供たちをにっこり見つめていました。私はアッシジのフランシスみたいだな、って思いました。透明感というのでしょうか。こんなこと皆まで言えず上記の表現となりました。
大きな病気を経た人の中に同じものを見る時があります。


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