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奥の細道(平泉の一節)  俳句

世界遺産に指定となった浄土思想の平泉を芭蕉一行が訪れたのは

今を去ること322年前の1689年夏であった。

平泉文化が滅んだ500年も後であった(1189年)

芭蕉は西行が愛した浄土思想と、藤原三代の悲運のこの地平泉を「奥の細道」の終点と

考えていたとも思われる。

立石寺から最上川の舟下りの前に、

我が郷里である一関に宿泊してこの平泉に日帰りで訪れている

思えば平泉を今日の世界遺産にした功績の一つは、芭蕉の平泉への立ち寄りと

以下の奥の細道(平泉の一節)と「夏草や・・・」の句であったかもしれない。

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三代の栄耀一睡の中にして、大門の跡は一里こなたに有り。

秀衡が跡は田野と成りて、金鶏山のみ形を残す。

まず、高館にのぼれば、北上川南部より流るる大河なり。

衣川は、和泉が城をめぐりて、高館の下にて大河に落ち入る。

泰衡等が旧跡は、衣が関を隔て、南部口をさし堅め、蝦夷をふせぐとみえたり。

さてもも義臣すぐつて此の城にこもり、功名一時の草むらとなる。

国破れて山河あり、城春にして草青みたりと、

笠打敷て、時のうつるまで泪を落し侍りぬ。

  夏草や兵どもが夢の跡    芭蕉 

  卯の花に兼房みゆる白毛かな 曽良

兼て耳驚したる二堂開帳す。

経堂は三将の像をのこし、光堂は三代の棺を納め、三尊の仏を安置す。

七宝散うせて、珠の扉風にやぶれ、金の柱霜雪に朽て、

既頽廃空虚の叢と成べきを、四面新に囲て、甍を覆て雨風を凌。

暫時千歳の記念とはなれり。

  五月雨の降のこしてや光堂


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高校時代を一関で過ごした自分には、

義経最期の地になった「高館」のお堂の前で飯合炊飯をした思い出や、

束稲山で一人で山篭りした思い出があるが、

50歳を過ぎてから始めた俳句や、40歳から始めた詩吟のお陰で芭蕉の句や

平泉の一節を吟じたり、芭蕉の奥の細道の足跡を辿ったりすることを

大勢の仲間と出来ることは幸せなことだ・・・。

今週の詩吟教室では芭蕉の最上川の一節と平泉の一節を吟じている。

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平泉で残した芭蕉の句には以下の句も良く知られている。

 * 五月雨や年々降りて五百たび

 * 蛍火の昼は消えつつ柱かな



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