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方丈記  エッセイ

行く川の流れは絶えずして・・・で始まる方丈記の一説をは「平清盛」の時代に生きた

鴨長明(1155年から2116年)の有名な一節で枕草子に並ぶものとも評価されていますが、

神官としてそして後鳥羽院の和歌処として朝廷に上った鴨長明が

58歳から方丈(一坪四方)に籠り仕上げた世の無常観を綴ったものですが、

昨日は集団的自衛権法案反対のデモが昨日は300箇所で行われたようです。

戦争法案反対のうねりが、老若何女を越えて、国会周辺では12万人(主催者発表)集り、

ネットで動画を見ると、35年安保をも凌ぐ市民運動がうねっている。

先の訪米で国会の議論も承認も経ず、

約束してきて、無理やり通そうとする安部首相を止めさせようとの圧倒的な民意だ・・・。

鴨長明のこの一節を吟味し先人の歴史を学んでみる。

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方丈記より

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。

淀みに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし。

世の中にある人と、栖(すみか)とまたかくのごとし。

 たましきの都のうちに、棟を並べ、甍(いらか)を争へる、高き、いやしき、人の住ひは、

世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ねれば、昔ありし家は稀(まれ)なり。

或は去年(こぞ)焼けて、今年作れり。

或は大家(おほいへ)亡びて小家(こいへ)となる。

住む人もこれに同じ。所も変らず、人も多かれど、

いにしへ見し人は、二三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。

朝(あした)に死に、夕(ゆふべ)に生くるならひ、ただ水の泡にぞ似たりける。

知らず、生れ死ぬる人、何方(いずかた)より来たりて、何方へか去る。

また知らず、仮の宿り、誰が為にか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。

その主と栖(すみか)と、無常を争ふさま、いはばあさがほの露に異ならず。

或は露落ちて花残れり。

残るといへども朝日に枯れぬ。

或は花しぼみて露なほ消えず。消えずといへども夕を待つ事なし。

 

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方丈記の前半は、中世的な無常観をもって、

長明が直接体験した五大災害(安元の大火・治承の辻風・福原遷都・養和の飢饉・

元暦の大地震)を描写、この世の無常とはかなさを実証している。

文面には取り上げれなかったが続く後半は、まず自身の家系、住環境について述べ、

続いて、出家遁世して住んだ大原山のこと、

日野に移り方丈の庵を築いてからの閑寂な生活を、仏道への心の傾斜を見せつつ描いている。

現代、この方丈記が脚光を浴びているそうで、この世の中で方丈記に書かれていることを

思い出してみようととの国民の良心なのだろうが、

世の権力を握っているとされる政治家や官僚・マスコミ・財界・米国大使館の責任ある立場に

いる人達にもこんな心を振り返ってもらいたいものですがね・・・。

歴史に名を残したいと思う安部晋三氏を、将来どのように歴史家が語るのだろうか。

最近のマスコミ、官僚機構に将来の教科書は、どのように書くのかな? 

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(現代語訳)
 
ゆく川の流れは絶えることがなく、しかもその水は前に見たもとの水ではない。

淀みに浮かぶ泡は、一方で消えたかと思うと一方で浮かび出て、

いつまでも同じ形でいる例はない。世の中に存在する人と、その住みかもまた同じだ。
 
玉を敷きつめたような都の中で、棟を並べ、屋根の高さを競っている、

身分の高い人や低い人の住まいは、時代を経てもなくならないもののようだが、

これはほんとうかと調べてみると、昔からあったままの家はむしろ稀だ。

あるものは去年焼けて今年作ったものだ。またあるものは大きな家が衰えて、

小さな家となっている。

住む人もこれと同じだ。

場所も変らず住む人も多いけれど、昔会った人は、二、三十人の中にわずかに一人か二人だ。

朝にどこかでだれかが死ぬかと思えば、

夕方にはどこかでだれかが生まれるというこの世のすがたは、ちょうど水の泡とよく似ている。

私にはわからない、いったい生まれ、死ぬ人は、どこからこの世に来て、どこへ去っていくのか。

またわからないのが、一時の仮の宿に過ぎない家を、だれのために苦労して造り、

何のために目先を楽しませて飾るのか。

その主人と住まいとが、無常の運命を争っているかのように滅びていくさまは、

いわば朝顔の花と、その花につく露との関係と変わらない。

あるときは露が落ちてしまっても花は咲き残る。残るといっても朝日のころには枯れてしまう。

あるときは花が先にしぼんで露はなお消えないでいる。

消えないといっても夕方を待つことはない。

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詩吟をやっている人は60代以上が多いので、何度も読み、文意を飲み込むうちに

多いに鴨長明の人生観に共感を得るところが多いに違いない。 

今週の詩吟教室の西浦和、上野、大網、茂原では方丈記をやる予定なのですが

果たして皆さんの反響はどうだろうか?












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