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春望(杜甫)  詩吟

今冬一番の冷え込みとなった本日の詩吟教室では杜甫の「春望」を吟詠・・。

  春望  杜甫

国破れて山河在り 城春にして草木深し

時に感じては花にも涙を(濺(そそ)ぎ 別れを恨んでは鳥にも心を驚かす

烽火三月に連なり家書万金(かしょばんきん)に抵る

白頭掻けば更に短かく渾(す)べて簪(しん)に勝(た)えざらんと欲す


クリックすると元のサイズで表示します(杜甫)

【通 釈】

長安の都は戦乱のために破壊されてしまったが、自然の山や川は昔のまゝ残っている。

城には相変わらず春が訪れて来たが,草木が生い茂っているのみで もの悲しい。

こんな時世には、花を見ても、楽しい筈なのにかえって涙ぐんでしまい、

心をなごませてくれる筈の小鳥のさえずりにも(警戒心から)心を驚かすのである。

戦火は三か月ものあいだ続き、家族からの手紙は、なかなか届かず、

万金にも値するほど嬉しい。

自分のしらが頭をかくと、心労のためか髪の毛も短くなってしまい、

冠をとめるかんざしさえも挿せないほどになってしまった。

杜甫の得意とする絶唱だ。

クリックすると元のサイズで表示します(安禄山)

杜甫・・・西暦700年代盛唐時代の詩人。李白と並んで詩聖と称せられる。

その詩は枯淡にして寂寥、その人生は任官試験に何度も落ち、仕官が叶わず、

その生活は戦乱と貧困の連続であった。

だいたい三十五歳ぐらいまで、呉・越・斉の間を遊歴しているが、

この間に李白・高適と交わり詩を賦したりしている。

また、進士の試験を受けたが及第せず、安録山の反乱に会い、

賊軍に捕らえられ長安で困窮の生活を送った。

59歳にして貧困の中に生涯を終える。


俳人松尾芭蕉は杜甫の影響を受けた一人であった。

有名な「奥の細道」の冒頭の一節が杜甫の「春望」の一節から引用されている。

さても義臣すぐつてこの城にこもり、功名一時のくさむらとなる。

{国破れて山河あり、城春にして草青みたり}と、

笠うち敷きて時の移るまで涙を落としはべりぬ。

遣唐使として唐に渡った阿倍仲麻呂は杜甫の「春望」を作った同じ時期の、

同じ長安に玄宗皇帝のお傍要人として仕えていた。

クリックすると元のサイズで表示します(玄宗皇帝)

安禄山の反乱に(安史の乱)に長安を追われた玄宗皇帝に従って仲麻呂も

蜀(現在の四川省)へと逃れるが、護衛の兵が反乱を起こし、

玄宗のナンバー2の地位にいた楊国忠は安禄山の挙兵を招いた責任者として

断罪されたあげく、息子の楊暄・楊・楊曉・楊晞兄弟と共に兵士に殺害された。

その上に兵らは、皇帝を惑わせた楊貴妃もまた楊国忠と同罪であるとして

その殺害を要求し、やむなく玄宗の意を受けた高力士によって楊貴妃は絞殺された。

世界の三代美人と称された楊貴妃の悲運なる最後であったが、

阿倍仲麻呂の妻となった「楊春琴」は、当時「楊家にあらざれば、人にあらず」と言われた

楊一族の出であった。

       (楊貴妃)クリックすると元のサイズで表示します

楊貴妃の死については諸説が有るようだが、

仲麻呂は楊貴妃の最後の姿を見たとも言われる。

歴史のミステリーは調べてゆくと奥が深い・・・。




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