にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ
にほんブログ村 にほんブログ村 経済ブログ 世界経済へ
にほんブログ村 にほんブログ村 ゴルフブログ ゴルフ情報へ
にほんブログ村
呪われたホープダイヤモンドの歴史  宝石ジュエリー


呪われたホープダイヤモンドの歴史

このダイヤモンドが発見されたのは数百年も前の1600年代だそうです。

当時、ダイヤモンドの産地として有名だったインド南部のコラールという町で、

農夫が発見しました。

クリックすると元のサイズで表示します

それから間もなくペルシア軍がその地に侵入してきて、農夫を殺しその石を持ち去ります。

ペルシア軍の司令官はその青いダイヤモンドを国王に献上し、その後、

その司令官は息子の失敗を取らされ死刑になり、国王も臣下の謀反で殺されてしまいました。

そして17世紀。フランスの業商人、ジャン・バティスト・タヴェルニエが

インドの寺院に祀られていた ラマ・シタという神像の眼から

それをくり抜いて盗み取りました。

タヴェルニエは帰国するとルイ14世に売り、男爵の位を授けられます。

しかしその後ダヴェルニエは、息子が投資に失敗し全財産を失い、

野犬の群れに殺され変死体で発見されました。

ダイヤを買ったルイ14世は天然痘で死に、 それを受け継いだルイ16世と

王妃マリー・アントワネットはフランス革命でギロチンで処刑されました。

フランス革命後、新政府に保管されていましたが、1972年に再び盗まれてしまいます。

持ち主が何度変わっても、呪いが終わることはありませんでした。

クリックすると元のサイズで表示します

盗まれた青いダイヤはアムステルダムの宝石師のところへ。

その宝石師の息子が密かにそのダイヤモンドを盗み出しそのショックのあまり

宝石師は死んでしまいます。

息子も盗んだダイヤモンドで大金を手に入れますが、すぐに使い果たし自殺・・・。

1830年頃、このダイヤモンドはロンドンで競売に出され、

呪いの噂は誰もが知ってはいましたが、

ダイヤの価値はもちろん数々の伝説から誰もが手に入れたがりました。

ブルーダイヤを競り落としたのは、実業家のヘンリー・フィリップ・ホープでした。

彼は、オークションでホープを手に入れた時が人生の絶頂期で、

それからは坂道を転がるかのように多くの不幸に見舞われました。

ホープはダイヤを買った数年後に破産、ホープも死亡しました。

しかし、一族はこのダイヤを手放さず、ホープ家は4代に渡ってダイヤを所有、

そして富豪だった一族は地に落ちました。

そしてこのダイヤは、呪いのホープダイヤモンドと呼ばれるようになるのです。

この後、ホープダイヤモンドはしばらく人々の手を転々とします。

フランスの宝石ブローカーは、気が狂って自殺し、

パリの女優ラドル嬢は舞台上で愛人のロシア人に射殺され、

その愛人も革命家に殺されてしまいました。

トルコのスルタンは革命によって王位を追われ、

ギリシアの宝石ブローカーは妻子と一緒に自動車で崖から転落死。

あの有名なマリリン・モンローも、主演映画の中で、本物のホープダイヤを身につけました。

彼女の変死も周知の事実です。

そしてホープダイヤモンドはピエール・カルティア氏の手によってマクリーン夫人の元に。

クリックすると元のサイズで表示します

カルティア氏はマクリーン夫人にホープダイヤモンドの不幸な呪われた歴史を話すと、

興味を持ったマクリーン夫人は、

ホープダイヤモンドを見せられるとすぐにそれを購入しました。

アメリカで出版業を営む大富豪の息子マクリーン氏の夫人は鉱山業者の大富豪の娘でした。

そして夫人はホープダイヤモンドを牧師のところに持って行き、

祝福をしてもらい、それをお守りとして身につけ、

愛犬の首にかけて、パーテイに現われたり、婦人の絶頂期でした。

マクリーンの長男が交通事故死しました。

さらに夫は精神病で死に、娘までも変死しました。

マクリーン夫人のダイヤモンドを100万ドルで買い取ったニューヨーク宝石商の

ハリー・ウィンストンは1958年、スミソニアン博物館にこれを寄贈しました。

なおスミソニアン博物館への寄贈は2ドル44セントの普通郵便で配達が行われました。

今でもホープダイヤモンドはこの博物館の一部屋にあり、

このダイヤモンドが一つだけが展示されてあり、一番の人気スポットとなっています。

クリックすると元のサイズで表示します

(ホープダイヤモンドは写真のようにデザインが変わって展示されてます)











コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL





AutoPage最新お知らせ