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奥の細道(最上川の一節)  詩吟

松尾芭蕉の「奥の細道」では「平泉の一節」が最も知られているが

新庄の本合海(もとあいかい)に到る「最上川舟下り」を記した

「最上川の一節」も 躍動感がある。 

最上川はみちのくより出て山形を水上とす

碁天・隼など云う恐ろしき難所あり

板敷山の北を流れて果ては酒田の海に入る

左右山覆ひ茂みの中に船を下す

これに稲つみたるをや 稲船といふならし

白糸の瀧は青葉の隙隙に落ちて仙人堂岸に臨て立つ

水みなぎつて舟あやうし


芭蕉一行が船下りをしたのは陽暦7月中頃で梅雨明け前の水嵩の多い頃だったのだ。

碁天・隼は地名で川底の石を、又流れの速さを隼に比喩し、最上川の急流を芭蕉は詠んでいる。

昔は稲を船に積んで山間のせり出す急勾配な両岸のこの急流を下っていったのだ。

有名な「五月雨や」の句は背景を理解すると容易に景が広がってくる。

  五月雨をあつめて早し最上川  

こうした詩を口にして吟じるのだが、当然芭蕉の立石寺から羽州街道を北上し

最上川の舟に乗っている姿を重ねて吟じるのだが、

芭蕉の旅を辿っての数々の句を吟味し芭蕉の世界に浸っていられるのも詩吟の魅力だ・。

出羽三山を訪ねた芭蕉の句碑の有名なものには次の三句が良く知られている

 * 涼しさやほの三日月の羽黒山

 * 雲の峯いくつ崩して月の山

 * 語られぬ湯殿に濡らす袂かな


芭蕉の「奥の細道」の旅は千住・深川からゴールの大垣まで約5ヶ月、

その距離は約2500キロにもなるそうで、当然歩いての旅だが、

一行の路銀も相当なものと推察されるが、有名な俳人であった芭蕉の弟子や

その地方の豪農や豪商から宿泊を提供され、

そして彼等は、全国をくまなく歩いている芭蕉から情報を得ていたに違いない。

「芭蕉忍者説」は、当時としては各地の情報を知りえていた旅人であったことで

そんな風な説もあるのだろうが、俳人芭蕉はあくまでも俳人であっただろうね。

又、文化人を逗留させることは彼等には当時のステータスであったのだろう。

  * 閑さや岩にしみ入る蝉の声(立石寺)

  * あつみ山や吹浦かけて夕すヾみ(酒田)

  * 珍しや山をいで羽の初茄子び(鶴岡)

  * 象潟や 雨に西施が ねぶの花(象潟)


     西施(せいし)は中国春秋時代の美女の名。

芭蕉の句にはいずれも品格があっていいね

芭蕉の出身地三重には「俳人芭蕉」という純米酒があるのだそうだが、

一度あやかって飲んでみたいもの・・・。



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